ヒデタンとヒデチャンその参

観衆を目の前に、コンクリートへ向けてのスローインを繰り替えされる僕の体。特攻隊もビックリの勇敢な飛行体験である。ヒデチャンも子供心にあの体重差では四点ポジションからのひざ蹴りどころか、打撃は全てNGだと感じてくれていたのだろうか、ともかく彼の攻撃は全てが投げ飛ばしだった。コンクリート塀に打ち付けられること数回、行き過ぎた相撲の稽古ような光景に、足を止める野次馬で道が塞がりそうになっていた。 “ここで勝ったらかなり格好いい”増える観衆を前に、何故か、ひたすら投げ飛ばされているだけのはずの僕のテンションは破壊的に上がっていた、“これで勝ったら噂になる!!”町のヒーローになりたい一心で痛点を失った男へと変貌を遂げていた。 増える痣と反比例して消えていく痛み、興奮と怒りでマジに髪の毛も逆立ってきた。 命の燈が消えかけていたのかもしれない、死を意識した体がモルヒネを自家製造してたのかもしれない、理性はメーターゼロを指して久しく、僕は症状としては完全にラリっていた。
もう僕が絶命しないと戦いが終われないところまで来ていた。 空間全体がそんな空気になってきていた。 「うぐっ!!!」 十数回目のスローで コンクリートの角になってるところに僕の右脛がヒット!、これはさすがに効いた、歩行困難な状態に追い込まれ、軽く心が折れた。しかし観衆の手前、それでも体裁を保つため、ヒデチャンの元に向かうため、カウントナインの立ち上がりを見せる僕、無駄な頑張りここに極まれりである。 自分も含め観衆が一様に終わりを意識した時、 「おい、もう止めろや!」 推定野球部のいかつい中学生が一喝してくれた。 なんという男気だろうか、観衆の中にいてあんな台詞なかなか吐けるもんではない。格好よさに唖然としてしまった。 ともかく、心の底ではお互いに止めたがっていたので、これ以上無い試合終了のゴングとなり、お互いそれなりの捨て台詞を吐きつつその場を後にした。 家までの道、興奮が覚めてくると、体中が激痛
に見舞われはじめた、戦地から命からがら逃げ帰る兵士とシンクロしている感じがしていた。やっとの思いで 家に帰り着き、かあちやんに絆創膏を貼られながらナイアガラ的に号泣した。 その一件があってから、ヒデチャンと僕は一層仲良くなった、男ってそんなもんである、互いに不思議なライバル心を持っていた様に思える。 あれからもう10年以上経った、10年間僕等は我等が故郷をベースに成長した、成長とは裏腹にヒデチャンはダイエットに成功し、普通にガタイのいい青年へと変貌を遂げた。 先日かあちゃんから電話でヒデチャンが結婚したとの報告が入った、祝おうと思ったが、何故か僕等はお互いのアドレスを知らなかった、そんな安い関係では無かったのである、それでもなんとかアドレスを調べて初めてヒデチャンにメールを送った、たわいもない祝いの文章だったが泣きながら打った。ヒデチャンからの返信、そこにはヒデタンという単語がやたら乱用されていた、余計に泣けた。僕は良く故郷をベタ誉めするが、結
局そこにいる人が好きなんだと思う。 なんや 真剣に昔話を長々語ってきたが たまにはこんなんで良いと思う僕がいる、次からは気楽にしょーもないもんを書いていこうと思う僕がいる。