殺害の記憶

この世に生を受けて一番最初に何を殺生したか、 この答えを正確に持つ人間は、はっきりいって嘘つきである。 何となく記憶を辿れば蟻を巣ごと水攻めで大量虐殺した記憶が一番古い気がするが、記憶以前の幼児期に必ずや偶然なんか殺してるはずである。 己が産まれて初めて何を殺したのか、 確立論で追求してみたり、微生物が有りか無しかで悩んでみたり、ドツボにはまり眠れない夜があった。 ウダウダと思考の糸を張り巡らせていると、ふと不思議な感覚に捉われた、俺、もしかしたら本来双子だったんじゃねーかと確信的に思えたのである。 僕等はスタートラインに立ち、その時が来るのを息を潜めて待っているところで、僕は前から三列目と全体数からいってなかなかの好ポジションを手に入れていた。 「うっ!!」 予想外の早さで突然スタートの号砲が鳴り響き 僕等は鬨の声をあげ、ドクンと独特の地鳴り
を起こしながらスタートを切った。 さすがに皆必死である、他人を思いやる気持ちゼロで突っ走る輩だらけである。しかしながら、そんな中僕は至ってマイペースで冷静だった。というのも、以前、奇跡の帰還兵に 中の様子を聞いていたからである、トラップだらけだと。 案の定 先陣をきった輩の総てが、うねる壁に激突し、トリモチみたいな罠にかかっていた。 此処ぞとばかりにギアチェンジをはかる僕、鞭毛をちぎれんばかりにふった。思惑通り他を突き放し、ぶっちぎれたのだが、いよいよ卵突入というところで油断してしまい、一人の根性のある奴が死に物狂いのラストスパートで追い付いてきて、終には同着でゴールしてしまった。 掟で、同着の場合は一緒に産まれなければならないと決まっていたのだが、目の前には疲労こんぱいしながら鼻水を垂らす、グズグズな奴の姿があり、目が合うと抱きついてきた。僕と喜びを分かち合うつもりなのだろうが、言語障害なのだろうか、一つも言葉で僕に気持ちを伝えられてなか
った。本能的に個室に10ヵ月も一緒に居たくないと感じた。 ・・・殺害を決意した。噂では双子になるとめっちゃ比べられるらしい。 たぶんこいつは俺と双子では劣等感を持って生き続けるだろうから、ここで殺すことにした。 抱き合ったまま鞭毛を彼の頭と中片の間に絡ませ、一気に締め上げた、予想だにしてなかったらしく、相当ビックリした様子である。やがてミトコンドリアが漏れてきて、DNAも輝きを失い、彼はビックリした顔のまま絶命した。 そして10ヵ月後、僕は長男としてのうのうと産まれた。 不思議とそれが事実のように感じる。      僕はなかなかの猫背だが、僕が猫背なのはきっと彼を絞殺した時に鞭毛が曲がってしまったからである。