愛の戦士

未確認生物。
やれツチノコだの雪男だのMジャクソンだのと、時折紙面を賑わせては波のように引いていき、一定の時を経ては新たな未確認の刺客が紙面を賑わせるといった、人間の好奇心が生み出したる一大ジャンル、ビッグビジネスチャンス、それが未確認生物である。
皆、それぞれにお気に入りの未確認生物がいることだろう。
僕は基本的にどの未確認生物にも入れあげてしまうので全部存在してくれたらハッピーでたまらないのだが、やはり神棚に供え物をしたくなる程、特に入れあげている未確認生物がいる。
“愛の戦士”
その名も愛の戦士、これがいたくお気に入りの未確認生物である。
「聞いたこと無ねぇよ。」「痛いなこいつ。」
そんな声が散弾銃のごとく降り掛かるのは百も承知で、だからこそ燃えるというか、そもそも現状未確認生物というのは、テレビ探検隊シリーズで現藤岡隊長が、溢れんばかりのリーダーシップを身に纏い、野山を駆け回ろうが、CMまたぎで発見される現物は糞ぐらいのもんで、未来永劫空回り続ける彼等の前では結局未確認でしかないのだから、存在しない生物を勝手に未確認生物がいると仮定しても テレビで大々的に取り上げられた探検隊の未確認生物と大差なく、つまり同じ未確認の土俵の上なので、仮定しても決して法に触れることもないのである。
というか、ネッシーもしかり、仮定に止まらず誰かの悪戯という結果におわる始末の悪い未確認生物もいるのだから、仮定するぐらい、てめぇのみ存在を信じることぐらいは勝手であり、何ら問題無いのである。

“愛の戦士”

大概の未確認生物がそうであるとされるように、愛の戦士も古代の生物の生き残りのようなものである。
愛の戦士は少し違うのだが、昔は道ですれ違っても見向きもされなかったような奴等に、時を経て希少価値が生まれ、大金を投じて探されたりしているわけである。
愛の戦士は、簡単に言うと純愛をまっとうしている輩のことで、見た目は主に普通の人間である。
純愛小説、映画なるものがブームになってるみたいだが、ようは、そのどれをとっても構造は変わらず、あなただけを、君だけを、と、一生涯を一人の異性にかけるところで右に同じなのである。
現代日本人だからこそ純愛に希少価値を見いだし、あぁ素敵だと 胸トキメかせているわけで、しかるべき部族に見せれば、当たり前の恋愛感じゃねぇか、と小首を傾げ、現代日本人を悪の化身だとヤリで突き刺すわけである。


最高気温が25度を初めて下回った秋口に 僕は愛の戦士と出会った。
とうに純愛をごみ箱に捨ててしまった僕を、仲間だと思ったらしい、休日の親父といった感じのおっさんがじつに明るい笑顔で僕のもとに駆けてきた。
「まさかこんなところに仲間がいるとは・・」
偶然にも渋谷の交番前だったので突き出そうとしたが、漫画のようにあからさまなガッカリ顔をするので、話だけきいてやろうと、二人で喫茶店に入った。

自分は世界に3人しかいない愛の戦士の一人だ、失われた純愛の最後の砦だ、と僕にだけ聞こえる小声で説明してくれた。
「はぁ?」
正しいリアクションが僕の口から漏れる。
「誰もがそうやってハナから信じようともしない、自分の生きてる世界が全てだと思ってるんだろう。君は、愛の戦士なんかじゃない。」
恐怖を覚えた、自分を愛の戦士だと思ったことは無かったし、まず愛の戦士の意味が分からないし、何故故に見ず知らずの狂人に説教を受けなければならないのか、訳がわからなすぎて 、こいつに殺されるのだと悟った、“とうちゃん、かあちゃん、僕のほうが先に逝ってしまうけど・・・”書いていない遺書の文面を想像し始める僕がいた。
「仕方ねぇな。」
そう呟くと、おっさんが僕のおでこに優しくキスをした。
その瞬間、全てが見えた、映像が脳を駆け抜けて、涙がとまらなくなった。
おっさんは一生涯どころではなく 30億年前から一つの生命を愛していた。
草だったり、えた非人だったり、スペイン人だったり、蝉だったりした。
生まれ変わろうとも愛する相手の記憶だけは消えないらしく何処にいるかも大体分かるらしい、草だろうが、蝉だろうが、ただひたすら相手を求めて、偶然お互いに同種の時は結ばれて、死んだら、また会うときまで、果てしなく時間を彷徨っていた。
蝉の時なんかは 地上に出て七日間で 捜し回り、ついに七日目の朝見つけたのだが、相手はその時アザラシで、 挨拶もそこそこに潰されてしまったらしい。後世に残る伝説的な恋愛のほとんどがおっさんと相手の人だった。
「おっといけねぇ。」
おっさんは現世で相手が東京にいて人間でいることを確信して、人通りの多い渋谷にやってきていたらしい、目を逢わせるだけで全て分かり合うらしく、探す時間が勿体ないと出ていってしまった。
この世にはなんて奴等が存在するのだろうと、しばらく時が止まり、己の心音のみ聞こえる中ボーッとしてしまった。
数人目撃者がいるとされる点で、それが本当かどうかは関係なく、愛の戦士は未確認生物である。
“こんなんいたらいいのに。”
大概の未確認生物がそんな想いから生まれているように思える。
皆それぞれが自分だけの未確認生物を持つのも悪くないのではないだろうか。

殺害の記憶

この世に生を受けて一番最初に何を殺生したか、 この答えを正確に持つ人間は、はっきりいって嘘つきである。 何となく記憶を辿れば蟻を巣ごと水攻めで大量虐殺した記憶が一番古い気がするが、記憶以前の幼児期に必ずや偶然なんか殺してるはずである。 己が産まれて初めて何を殺したのか、 確立論で追求してみたり、微生物が有りか無しかで悩んでみたり、ドツボにはまり眠れない夜があった。 ウダウダと思考の糸を張り巡らせていると、ふと不思議な感覚に捉われた、俺、もしかしたら本来双子だったんじゃねーかと確信的に思えたのである。 僕等はスタートラインに立ち、その時が来るのを息を潜めて待っているところで、僕は前から三列目と全体数からいってなかなかの好ポジションを手に入れていた。 「うっ!!」 予想外の早さで突然スタートの号砲が鳴り響き 僕等は鬨の声をあげ、ドクンと独特の地鳴り
を起こしながらスタートを切った。 さすがに皆必死である、他人を思いやる気持ちゼロで突っ走る輩だらけである。しかしながら、そんな中僕は至ってマイペースで冷静だった。というのも、以前、奇跡の帰還兵に 中の様子を聞いていたからである、トラップだらけだと。 案の定 先陣をきった輩の総てが、うねる壁に激突し、トリモチみたいな罠にかかっていた。 此処ぞとばかりにギアチェンジをはかる僕、鞭毛をちぎれんばかりにふった。思惑通り他を突き放し、ぶっちぎれたのだが、いよいよ卵突入というところで油断してしまい、一人の根性のある奴が死に物狂いのラストスパートで追い付いてきて、終には同着でゴールしてしまった。 掟で、同着の場合は一緒に産まれなければならないと決まっていたのだが、目の前には疲労こんぱいしながら鼻水を垂らす、グズグズな奴の姿があり、目が合うと抱きついてきた。僕と喜びを分かち合うつもりなのだろうが、言語障害なのだろうか、一つも言葉で僕に気持ちを伝えられてなか
った。本能的に個室に10ヵ月も一緒に居たくないと感じた。 ・・・殺害を決意した。噂では双子になるとめっちゃ比べられるらしい。 たぶんこいつは俺と双子では劣等感を持って生き続けるだろうから、ここで殺すことにした。 抱き合ったまま鞭毛を彼の頭と中片の間に絡ませ、一気に締め上げた、予想だにしてなかったらしく、相当ビックリした様子である。やがてミトコンドリアが漏れてきて、DNAも輝きを失い、彼はビックリした顔のまま絶命した。 そして10ヵ月後、僕は長男としてのうのうと産まれた。 不思議とそれが事実のように感じる。      僕はなかなかの猫背だが、僕が猫背なのはきっと彼を絞殺した時に鞭毛が曲がってしまったからである。

ヒデタンとヒデチャンその参

観衆を目の前に、コンクリートへ向けてのスローインを繰り替えされる僕の体。特攻隊もビックリの勇敢な飛行体験である。ヒデチャンも子供心にあの体重差では四点ポジションからのひざ蹴りどころか、打撃は全てNGだと感じてくれていたのだろうか、ともかく彼の攻撃は全てが投げ飛ばしだった。コンクリート塀に打ち付けられること数回、行き過ぎた相撲の稽古ような光景に、足を止める野次馬で道が塞がりそうになっていた。 “ここで勝ったらかなり格好いい”増える観衆を前に、何故か、ひたすら投げ飛ばされているだけのはずの僕のテンションは破壊的に上がっていた、“これで勝ったら噂になる!!”町のヒーローになりたい一心で痛点を失った男へと変貌を遂げていた。 増える痣と反比例して消えていく痛み、興奮と怒りでマジに髪の毛も逆立ってきた。 命の燈が消えかけていたのかもしれない、死を意識した体がモルヒネを自家製造してたのかもしれない、理性はメーターゼロを指して久しく、僕は症状としては完全にラリっていた。
もう僕が絶命しないと戦いが終われないところまで来ていた。 空間全体がそんな空気になってきていた。 「うぐっ!!!」 十数回目のスローで コンクリートの角になってるところに僕の右脛がヒット!、これはさすがに効いた、歩行困難な状態に追い込まれ、軽く心が折れた。しかし観衆の手前、それでも体裁を保つため、ヒデチャンの元に向かうため、カウントナインの立ち上がりを見せる僕、無駄な頑張りここに極まれりである。 自分も含め観衆が一様に終わりを意識した時、 「おい、もう止めろや!」 推定野球部のいかつい中学生が一喝してくれた。 なんという男気だろうか、観衆の中にいてあんな台詞なかなか吐けるもんではない。格好よさに唖然としてしまった。 ともかく、心の底ではお互いに止めたがっていたので、これ以上無い試合終了のゴングとなり、お互いそれなりの捨て台詞を吐きつつその場を後にした。 家までの道、興奮が覚めてくると、体中が激痛
に見舞われはじめた、戦地から命からがら逃げ帰る兵士とシンクロしている感じがしていた。やっとの思いで 家に帰り着き、かあちやんに絆創膏を貼られながらナイアガラ的に号泣した。 その一件があってから、ヒデチャンと僕は一層仲良くなった、男ってそんなもんである、互いに不思議なライバル心を持っていた様に思える。 あれからもう10年以上経った、10年間僕等は我等が故郷をベースに成長した、成長とは裏腹にヒデチャンはダイエットに成功し、普通にガタイのいい青年へと変貌を遂げた。 先日かあちゃんから電話でヒデチャンが結婚したとの報告が入った、祝おうと思ったが、何故か僕等はお互いのアドレスを知らなかった、そんな安い関係では無かったのである、それでもなんとかアドレスを調べて初めてヒデチャンにメールを送った、たわいもない祝いの文章だったが泣きながら打った。ヒデチャンからの返信、そこにはヒデタンという単語がやたら乱用されていた、余計に泣けた。僕は良く故郷をベタ誉めするが、結
局そこにいる人が好きなんだと思う。 なんや 真剣に昔話を長々語ってきたが たまにはこんなんで良いと思う僕がいる、次からは気楽にしょーもないもんを書いていこうと思う僕がいる。

ひでちゃん&ひでたん、その弐

大概の人は、毛ほどの傷すら許すことの出来ない自分のカテゴリー つまりは“人それぞれの逆鱗”を持っている。温和な人間も、そこをくさした途端に、それだけは許さん!、と、怒りを顕にするのである。 僕は人より偏った場所に逆鱗があったようで、色んなところで周りの理解が及ばない怒りをぶちまけるワンダーボーイだった。僕の田舎でチャリンコを窃盗するインドネシア人が連日出没した時も、彼等にパスを出すように、家の前にルーズにチャリンコを放置する僕に「あれじゃあ、持っていけと言っているようなもんでしょ!」と、 母が至極正当な怒りを顕にしたが、 なんとなく自分の母親が心の貧しい人に思えてしまい、「俺が使うより、あいつ等が国に持って帰って、自国で売りさばかれて大切に扱ってもらったほうが、チャリンコにとっては幸せだろうが!!」と、母親が投げ掛ける全力の「はぁ!?」を尻目に 至極不正当に熱弁したこともある。 何処から受けた影響なのか、とにかく義理と人情という分野が 僕を
熱くして止まなかった。 少年時代の夏休み。終業式を終えた僕は、ナンバーワンビッグボーイこと最強の男ヒデチャンと夏休みに心エレクトさせ、学校から続く下り坂をワイワイ帰っているところだった。名前がヒデタカとヒデカズで似ていて分かりにくいという田舎ならではの小規模な理由から、ヒデタンとヒデチャンに区分けされた僕等は、なんか同じものを共有しているようで不思議な一体感があった。下り坂ももうすぐ平地へ差し掛かる頃、ビデチャンがふと 友人の陰口を叩いたのだと思う、何気ない会話の中に潜む何気ない悪態。少年ヒデタンの逆鱗、無駄な正義の心が時の声をあげた“いってまいります、お母さん。骨は庭先に埋めて下さい。”戦ってはいけない相手に喧嘩を売る自分、体の内側から危険を知らせる警報が聞こえる。「てめぇ、ふざけんなよ!」僕の口が 制止不能の勇気を振り絞った瞬間、「あぁ!お前、ちょっとこっちこいよ。」ヒデチャンが横手に見える駐車スペースを指差した。ついにヒデチャンがその気になってしまった。
無差別級もここまでくると戦わずともドクターストップがかかるはずだが、不運なことにそこにはドクターもタオルを投げてくれるセコンドも居なかった、ただ 周りにはあまりに滑稽な構図にかなりのギャラリーが集まってきていた。

ひでちゃん&ひでたん、その弌

小学五年生の頃。殺傷能力が低い拳で涙ながらにシバキ合い、鼻水飛び散らせてグズリ合い、結果、お互いを認め合い、友情を育んでいた、フィジカルコミニケーションの全盛期。 僕はその当時、143cm34kgと、ふ菓子で構成されたような恵まれない体格であり、祖父母から栄養失調を懸念され続けていたが、それでも、己のスレンダーな体のポテンシャルを信じ、最強を目指しては、戦いに明け暮れ、友情を築いては、その都度力強く握手を交わしたもんであった。クラス中の猛者とのハードな戦いを乗り越え続けた、傷だらけの小五の僕であったが、たった一人、僕の拳にパンチを繰り出させることなく、千切れんばかりに白旗を振り回させる猛者が居た。多くの小学校がそうであるように、うちの小学校にも自他共に認める最強の男が存在した。ヒデカズと言う名のその男、なんといっても、小五にして170cm120kg、我が町の歴史に名を残したであろうその体こそが、彼の問答無用の最強たる所以であった。 町を歩けば、相撲界入り
が囁かれるそのボディー、彼とは家がごく近所ということもあり、よく遊ぶ仲であったのだが、その別次元の腕力の前に、僕のふ菓子の体は怖じ気付き、戦おうとはせず、肉体的場面では、毎回スネオ化せざるおえなかった。今思うと、全てを笑ってごまかす、僕の非戦闘体質は、このころ培われたものなのだろう。動物として、本能的に生き残る道を選択していたわけである。最強を目指すにしても、ボクシング的にヘビー級とモスキート級では試合はしないということを知り、僕の戦闘民族としての幼い誇りは保たれていた。 小五の夏、ヒデカズとヒデタカ(僕)、二人の間には見えない非戦闘協定が結ばれていた。

ケンちゃん

がっしりした体躯に爽やかな笑顔、ルービックキューブを音速で揃える息子と、電気機器への熱い情熱。 昔ながらの町の電気屋ケンちゃんは、その温厚な人柄と確かな技術で、信頼のおける電気屋として町中の知るところとなっていた。 20世紀も終わりが見えてきた頃、ノストラダムスの話題の陰では、町の電気屋に大型電気店という薄利多売神が猛威を奮っていたわけであるが、90年代鹿児島の片隅も例外ではなく、容赦なく降臨した大型のやつらとケンちゃんも必死に戦っているところであった。果敢に神に戦いを挑み、必死に我が城を守るケンちゃん。 重い電気機器をその身一つでお客さん宅へ運ぶ事、それが彼なりの戦いであり、そんな時ケンちゃんの顔には笑顔が覗き、全身で生きがいを感じているように見えた、そして、そんな姿に好感を持ち、町人の多くはケンちゃんに電気機器の買い替えを依頼していたわけである。 残暑の厳しい鹿児島の秋口、我が三福家も神の誘惑に負けることなく、4人兄弟を支えきれなくなったこぶりな冷蔵庫をビ
ッグなやつに取り替えるということでケンちゃんに依頼をした。数日後、その時代最大の冷蔵庫を引きつれやってきたケンちゃん、玄関から予定設置場所までは約20メートル、そのデカイ強敵を目の前にケンちゃんの目はいつも以上に輝いていた。 腕まくりをし、歯を食い縛り、覗く白い歯輝かせ、ケンちゃんは 冷蔵庫を運ぶため全細胞に力を込めた、「うっぐぐぐぐ・・」数分後、開く瞳孔に、浮き出る血管、とうに限界以上の力を使いはたし、ケンちゃんの血管からは血が吹きだす直前であった。“無理だ、人一人には重すぎる!” 現場のだれもがそう確信した時、うちのかあちゃんが、気を利かせ、重いものの下に挟みこむことで簡単にフローリングを運べるという便利なアイテムを持ってきた、「おぉ!やるじゃねーか、かーちゃん!」三福知香子の渾身のファインプレーである。ケンちゃんは血管が切れることなく力を緩めることを余儀なくされ、文明に初めて触れる猿人顔でそのアイテムを冷蔵庫の下に挟み込み、冷蔵庫の背を押してみることに成功した。
「スーーーッ・・」「うわっ、スゲェ!!」いとも簡単に動く強敵、 沸き上がる歓声のなか、20メートルはあっという間であった。僕も歓声をあげ勝利に沸き返っていたのだが、同意を求めケンちゃんの顔を覗いた瞬間、言葉を失った。 地面に落ちた目線、体から放たれる無のオーラ、ケンちゃんは真っ白に燃え尽きていた。残暑の厳しい秋口、その笑顔は苦笑いに変わり、一つの時代が終焉を迎えたことを物語っていた。