春色の田舎人

kaijinsha2005-04-03


僕等の股間がまだ“ちんちん”という愛称で親しまれ、親族にすら可愛がられていたあの頃、野球帽でクールに決めた僕達は、山に分け入ってはカブト虫を捜し回り、池に飛び込んではアメリカザリガニを追い掛け回していた、つまりは甲殻類のハンティングに情熱を注いでいたものである。古今東西いつの時代も、子供というものは、やたらと硬かったり強かったりするものに心を奪われるものであり、子供にとっては、強くて硬い甲殻類こそが、全てを兼ね備えた最高の獲物なのである。・・・しかし、何故?何故に強く、硬く、なのだろうか?大人になったホモサピエンス達にはそんな疑問が湧いてくるかもしれない、 「なぁサトル?」「何?パパ」「何故お前はそんなにカブト虫が好きなんだい?」 「パパのみたいになりたいからだよ」「んっ?・・・どーいうことだ?」 息子の意味深な発言の裏に見え隠れする真意、それを慎重に考える父、「僕、一週間前に初めてちんちんの素顔を見たんだ、」思いの外ストレートな話題に怯む父、そしてたたみかける息子、「ち
んちんで遊んでたら脱皮して素顔が出てきたんだよ、そんで素顔に触れるとメチャクチャ痛いんだ!風を感じるだけでも声が出ちゃう程痛いんだよ!!だから素顔はすぐ隠したんだ、」父ののように〈強くて硬い〉に憧れるということ、その答えはいつでも素顔でいられるということであった。「・・・・・そうか。・・」誰にも話せなかった秘め事、やっと吐露できた息子の顔には清々しさすら感じられたが、受けとめた父は親族の下世話な話題が嫌いで、暗い気持ちになっていた。 大人の階段をある日突然駆け上がり始めた息子、やがては見えてくる大人の壁を突き破り、勢いそのままに、遠く輝くドリームタウンこと東京への跳躍を試みるわけである、「父ちゃん、俺、故郷に錦を飾ってみせるから。」一生で一番無駄に熱い希望、そのガムシャラなエネルギーを胸に羽撃く息子は、無惨にも跳躍の途中で狙撃され、今では田舎で甲殻類を育てては都会に出荷する日々を送っているのである。 真夏の夜に散る花火、そんな物悲しい余韻を引きずるように、沸騰して湯気立つ夢を
持ってきては、都会で冷まして国に持って帰る人々の物語、とにもかくにも、そんな物語の始まりはいつも春である、風にすら免疫が無く、痛みすら感じたあの日のちんちん、そんなちんちんのように免疫の無い夢追い人達が、今年もまた渋谷の雑踏に吐き気を感じ立ちすくんでいる。彼等がようやく都会に免疫を付けた頃、父のコンチのように、初々しさは消え、希望もグロテスクにその姿を変えていることだろう、春の渋谷の雑踏を見ていると「もし成功したら、この大衆すら操作できるんだ!」そんな本気の希望を抱いた若者が沢山見受けられる。使い捨ての夢が、道端に五万と捨ててある季節、なんとも最高のシーズンがやってきたもんである。