少年は見知らぬ世界に旅に出る
少年は誰よりも強くなろうと心に決めて、まだ乳離れもままならぬ時期から空手を始めたのだが、初めての試合でのリンチじみた無残な敗北を機に空手を諦めた過去を持つ。
“ここじゃない”
そんな想いを胸に人生を歩いていると、遊具がコンプリートされた公園が見えてきた。
それなりにワクワクしつつ中に入ってみると、30人程の子供たちが国旗の鉢巻きを血が滲むほど巻き付けては血眼で勉強をしていた。ブランコに揺られつつそこら中に散らばったプリントを一枚拾いあげて見てみると異国の言葉で真っ黒になっていた。
“ここでもないな”
少年はピカピカの遊具に別れを告げて人生をまた歩きだした。
少し行くと、大リーグで80年ぶりに記録が抜かれたとのニュースが耳に入ってきた。
ふと少年は歩むのを止めた。
どうやら誰よりも強く有り続けるというのは誰よりも強そうな奴らが集まった場所では成り得ないことなのだろうと思えた。
少年は誰よりも強くなりたかったが、強くなりたい場所では問答無用の猛者達がのさばっていて勝てる気がしない、かといって興味の無い分野ではやる気にすらならないのだと悟った。
もう誰よりも強くなれないならここで木になって人生を歩んで行く人々を見守り続けるのもいいように思えた。
と、足元に蟻の行列を発見した。
ここまで孤独に歩んできた少年にとってその群れては団結している風景には苛立ちを覚えた。天を突き刺すほど高々と足をあげると行列を空手仕込みの蹴りで一蹴した。
・・・・
“これだ!”
己の圧倒的な力の前に散り散りになった蟻達を見て少年に激しい電撃が走り毛という毛が逆立ち水分という水分は沸騰した。
“弱い者の中で絶対であればいいんだ”
昔の言葉で言うところの鶏口牛後的発想、男としては避けたい逃げ道である。
“蟻にしよう”
少年は蟻には負ける気がしなかった。蟻の前では己が絶対神であると思えた。
その日から蟻に味を占めた少年は寝ても覚めても蟻を蹴散らし続けた。三十年も経てば科学の力を超越したセンサーぶりも会得し蟻が何処にいようと引きずりだして蹴散らす技を身につけた。やがて、街中の蟻という蟻をシロアリ共々蹴散らし尽くして、やがて少年だったおっさんの町から蟻は姿を消した。
市長からは害虫駆除で市民栄誉賞を貰い、シロアリ駆除の会社を立ち上げ世界に進出し三年後には長者番付にも載った。世界中のセレブと親交を持ち、自社CMでは己を主役に大作を作りあげ知名度も国民の象徴級になった。
誰よりも強くなれた気がした。
そして全ての蟻に感謝の念が湧いていた。
“しかしながら蟻のおかげだな・・・・”
感慨深くつぶった瞳の裏で、そういえばもう何十年も前だけ見て生きてきたので、久々に我が人生の道を振り替えってみた。
するとどうだろう彼の人生は見渡すかぎり世界中の蟻の死骸であふれ、彼は世界中の蟻から恨まれこそすれ尊敬はされていなかった。
“・・・・ここじゃないな”
男は杖を片手にまた人生を歩み始めた。