ケンちゃん

がっしりした体躯に爽やかな笑顔、ルービックキューブを音速で揃える息子と、電気機器への熱い情熱。 昔ながらの町の電気屋ケンちゃんは、その温厚な人柄と確かな技術で、信頼のおける電気屋として町中の知るところとなっていた。 20世紀も終わりが見えてきた頃、ノストラダムスの話題の陰では、町の電気屋に大型電気店という薄利多売神が猛威を奮っていたわけであるが、90年代鹿児島の片隅も例外ではなく、容赦なく降臨した大型のやつらとケンちゃんも必死に戦っているところであった。果敢に神に戦いを挑み、必死に我が城を守るケンちゃん。 重い電気機器をその身一つでお客さん宅へ運ぶ事、それが彼なりの戦いであり、そんな時ケンちゃんの顔には笑顔が覗き、全身で生きがいを感じているように見えた、そして、そんな姿に好感を持ち、町人の多くはケンちゃんに電気機器の買い替えを依頼していたわけである。 残暑の厳しい鹿児島の秋口、我が三福家も神の誘惑に負けることなく、4人兄弟を支えきれなくなったこぶりな冷蔵庫をビ
ッグなやつに取り替えるということでケンちゃんに依頼をした。数日後、その時代最大の冷蔵庫を引きつれやってきたケンちゃん、玄関から予定設置場所までは約20メートル、そのデカイ強敵を目の前にケンちゃんの目はいつも以上に輝いていた。 腕まくりをし、歯を食い縛り、覗く白い歯輝かせ、ケンちゃんは 冷蔵庫を運ぶため全細胞に力を込めた、「うっぐぐぐぐ・・」数分後、開く瞳孔に、浮き出る血管、とうに限界以上の力を使いはたし、ケンちゃんの血管からは血が吹きだす直前であった。“無理だ、人一人には重すぎる!” 現場のだれもがそう確信した時、うちのかあちゃんが、気を利かせ、重いものの下に挟みこむことで簡単にフローリングを運べるという便利なアイテムを持ってきた、「おぉ!やるじゃねーか、かーちゃん!」三福知香子の渾身のファインプレーである。ケンちゃんは血管が切れることなく力を緩めることを余儀なくされ、文明に初めて触れる猿人顔でそのアイテムを冷蔵庫の下に挟み込み、冷蔵庫の背を押してみることに成功した。
「スーーーッ・・」「うわっ、スゲェ!!」いとも簡単に動く強敵、 沸き上がる歓声のなか、20メートルはあっという間であった。僕も歓声をあげ勝利に沸き返っていたのだが、同意を求めケンちゃんの顔を覗いた瞬間、言葉を失った。 地面に落ちた目線、体から放たれる無のオーラ、ケンちゃんは真っ白に燃え尽きていた。残暑の厳しい秋口、その笑顔は苦笑いに変わり、一つの時代が終焉を迎えたことを物語っていた。